耐震設計法(5):鉄骨造のルート2とは

2022/9/16 この記事を加筆・修正いたしました。

建築模型

耐震設計ルートは昭和56年(1981年)の制定で、この時代は構造計算にコンピューターを用いることが当たり前でない頃です。なので、設けられた規定は「手計算でも」完結できる内容でした。

鉄骨造ルート2の計算というのは、「大地震時での計算は行わないけれど、大地震を受けた時の建物の挙動を予測して備えておく」という考え方です。大地震を想定したルート3の緩和規定に位置づけられると言えます。

構造計算にコンピューター使用が前提の現在では、ラーメン構造のルート2は特別な状況で無い限り選択肢から外れるでしょう。

しかし、鉄骨造の耐震設計ルート2も使い方によってはメリットがあります。

平屋の店舗だと耐震設計ルート1−2とは違って、地震力を1.5倍(Co = 0.3)しなくても良いですから、各部材のサイズダウンを図れます。

私自身も業務の中で鉄骨造の設計を行った際に店舗の開店日が決まった建物で審査時間の短縮で「ルート2」を選んだ経験があります。

このときは私から提案しました。依頼した設計事務所と建設会社は、このルート2を知りませんでしたので、たいそう驚かれました。そして、建設会社から喜ばれました(開店日までに余裕ができたので)。

耐震設計ルートというのは、しっかりと読み込んで理解するとビジネスでの交渉にも役立ち侮れません。

この記事では、鉄骨造で耐震設計ルート2の以下に挙げたポイントを、一つずつ解説していきます。

鉄骨造ルート2の計算:ルート1とは何が違う?

1) 地震力について

鉄骨造の耐震設計ルート1では、地震力を算出する際に通常の1.5倍しますね。

専門的に書きますと、標準せん断力係数:$Co=0.2$ではなく$0.3 (=0.2 \times 1.5)$を採用します。

耐震設計ルート2は、この標準せん断力係数は0.2として地震力を算出します。なので、部材断面サイズが小さく出来る可能性があります。

ただし、必ずしも小さく出来るということではありません。建物形状/重量/階数によっては部材が小さくならないものがあります。

2) 3つのクライテリア

ルート1よりも上のルート。すなわち、ルート2とルート3には3つのクライテリアが存在します。

それは

  • 層間変形角
  • 剛性率
  • 偏心率

です。

この3つの用語と意味する内容は以降でお伝えします。建物全体の耐震設計では欠かすことの出来ない指標になります。

3) 申請手続き

構造計算を行った上で建築工事に入る前には、建築確認申請を行います。

鉄骨造の建築確認申請では、平屋建てまたは200平米超の建物ならば申請時に構造計算書の添付が必要です。

それで、耐震設計ルート2を採用したときには構造設計一級建築士の関与が必要になります。

あなたが企業に所属しているなら、社内の人で誰かが構造設計一級建築士を持っていれば大丈夫です。

「耐震設計法(1):耐震設計ルートって何ですか?」の記事で、耐震設計ルート自体は説明してますから初めて聞く言葉ではないですね。

耐震設計ルート2も断面算定までは、許容応力度計算で終えられます。

その分、一定の条件付きとなります。計算自体は複雑ではありません。決まったルールに従って行えば確実に行えますので安心してください。

鉄骨造ルート2の計算:通る関所は?

1) 建物高さ

鉄骨造ルート2が適用可能な建物高さは31m以下になります。建物高さ31mは、おおよそ10階建ての建物になります。

31mの根拠というのは昔の建築基準法に準拠してます。

1919年制定の市街地建築物法(建築基準法の前身)で「住居地域以外の建物高は百尺まで」とされてました。(1尺=30.3[cm]を100倍すれば約31[m])

現実的には10階建の鉄骨造をルート2にて構造計算してるのは少ないです。頑張って5階程度まででしょう。

2) 変形制限

ルート2からは建物の構造体が地震力を受けた時に生ずる水平変形に対して制約がつきます。

建物の地震力による水平変形は、「層間変形角」という指標で図られます。

層間変形角とは読んで字の如く、層(階)と層(階)の間にある部材の変形具合。すなわち、柱部材の変形に対して注意し計算を進めなさいということです。

3) バランス

ルート2からさらに重要視されるのが、「バランス」です。

まずは建物の垂直方向におけるバランス。カタチの大小の変化や、骨組みの堅さの一定具合などです。

それと建物の水平方向のバランスも大切。平面上の重心と堅さの中心のズレや平面形状の凹凸がチェックされます。


耐震設計ルート2で通る関所の諸数値は守ることが求められます。

高さ/変形制限/バランスについて超過した建物については適用できません。

適用できないものは耐震設計ルート3で保有水平耐力計算が求められます。この計算は初心者にはカンタンではないです。

鉄骨造ルート2の計算:層間変形角を抑える

1) 外装材の脱落防止

層間変形角というのは、なんのために設けられているのでしょうか。

それは、建物が水平力を受けた時に外装材(外壁)の脱落を防ぐためです。高層になればなるほど外装材脱落による人への危険度は高まります。

層間変形角の既定値は1/200が下限値。しかし、外装材の種類によっては緩和されています。

カーテンウォールや石貼りを用いた外壁は1/200が下限値ですが、余裕をもった変形角としておきたいものです。

2) 緩和される外装材

緩和される外装材の代表的な建材としてALC版が挙げられます。

ALC版は取り付ける構法により、1/200から1/150までに緩和されます。ただし、ALCの上にタイルを張った場合については1/200を守りましょう。分数だとピンとこないでしょうか。1/150というのは1/200の1.33倍です。

金属系サイディング張りですと、更に緩和されて1/120まで許容されます。1/120は1/200の1.67倍となります。

3) 実は緩和されるほど・・

緩和という単語にポジティブな印象を持ちやすくなります。

しかし、層間変形角の緩和を許容することは、「建物の揺れ幅を大きくする=揺れやすい建物になる」ということです。

この建物が揺れやすくなったということを建築主がキチンと理解されてるでしょうか。

依頼者の立場を尊重しすぎて、層間変形角を緩和して揺れやすい建物を建てたのち、建築主が知らずにクレームにつながった。このような事例はいくつも耳にしました。

層間変形角というのは、ひと言で言えば建物の揺れやすさに繋がります。建設コストは重要な要素になりますが、居住性能にまで影響する場合もあります。

層間変形角を緩和して適用した際には、状況によっては構造計算書の所見欄に緩和値採用の理由/経緯を記述することも考えましょう。

何も行わないと「構造計算者が勝手に行った。」と責任転嫁されやすいです。構造計算を行う立場は、常に自主防衛の手段を意識しておきたいものですね。

鉄骨造ルート2の計算:剛性率0.6を満たすのは?

1) 0.6を下回ることはあるのか?

鉄骨造の計算をしていて、剛性率が0.6を下回ることは実際にあるでしょうか?。

建物規模で平屋(1階)建てはありません。平屋は常に剛性率は1.0になります(正常な計算が行われた場合)。

それでは、2階建て以上の建物において剛性率が0.6を下回るケースとは、どのような状態かを考えてみましょう。

2)「かたさ」に差がある

2階建ての建物を例に取ります。1階がブレース構造で2階がラーメン構造の架構形式を採用してます。

それぞれの「階のかたさ」を専門用語では「層剛性(そうごうせい)」と言います。

一般的にブレース構造とラーメン構造の層剛性を比較しますと、ブレース構造の方が大きい値を示します。すなわち、ブレース構造が「かたい」です。その「かたさ」の違いは層剛性の値で1桁違うほど差があります。

よって、上下階の層剛性の差が大きいとき剛性率は0.6を下回ります。

3) 形状に差がある

これも2階建ての建物を例に取ります。1階が1000平米の面積を持ち、2階は250平米(1階の1/4)とします。

架構形式は純ラーメン構造を採用してます。部材断面サイズとしては1、2階ともにほぼ同一だとしましょう。

このようなときも剛性率が0.6を下回りやすくなります。

なぜなら、1階と2階とでは地震力を受けたときに変形量が大きく異なるからです。上下階の形状に差があるときも剛性率は規定値を満たされないことがあります。


剛性率というのは、建物の高さ方向でのバランスを見る指標となります。

ルート2では許容応力度計算で終えることができます。代わりに、剛性率0.6を守って一定のバランスを確保して下さいという意図が込められています。

耐震設計法というのは、建物全体が1つのカタマリのように揺れるのが理想という設計思想があるからこそ、剛性率の規定が存在しているのです。

鉄骨造ルート2の計算:偏心率 0.15を超えたのは?

1) なぜ偏心が良くないのか?

建物が地震力を受けた時に水平方向に変形します。理想とする変形状態は建物が1つの塊で、平行に動くことです。四角い建物の平面で例えますと、四隅が同一の変形量だと安定した揺れ方です。

これは、かたさの心(=剛心)と重さの心(=重心)が一致しているということです。

一方で剛心と重心が離れるほど、建物は地震力で平面上がねじれるように変形をします。ねじれ変形は一部の構造部材へ負担を掛けるので部材の耐力低下を招きます。

2) かたさに偏りがある

平面上の部材配置で偏りがあるときに偏心率は大きくなる傾向にあります。

  • ブレース構造で、壁ブレースの配置が一方だけになっている
  • ラーメン構造で、極端に短いスパンの架構がある
  • 屋根に勾配があり、一方の柱の長さが短い

などは、すべて偏心率を大きくします。

3) 重さに偏りがある

重さに偏りがあるのも偏心率を大きくする要素になります。

  • 屋根で折版屋根の一部にRCスラブが存在している
  • 床荷重で積載荷重が重たいエリアがある/固定荷重に偏りがある
  • 上階に向かうにしたがい、立面方向にセットバックしている

こういったことは重量の偏りを起こす要因になります。


偏心率というのは、建物の平面方向でのバランスを見る指標となります。

ルート2では許容応力度計算で終えることができます。代わりに、偏心率0.15を守って一定のバランスを確保して下さいという意図が込められています。

耐震設計法というのは、建物が平行に揺れるのが理想という設計思想があるからこそ、偏心率の規定が存在しているのです。

鉄骨造ルート2の計算:ラーメン構造の注意点

1) 2階建て以上で

鉄骨造ルート2の計算で、平屋建ての建物は層間変形角/剛性率/偏心率を満たすことに専念できます。

それが2階建て以上の建物でラーメン構造を採用した時に、ルート2を選択すると1つの注意点があります。

それが「柱梁耐力比」です。この規定を守る必要が出ると建設コストに影響します。

建設コストの上昇を歓迎する発注者は少ないです。ましてや構造計算が原因と知るや首を縦に振ることは無いでしょう。

2) 柱梁耐力比

現在の建築基準法では「告示1791号第2第三号」に該当します。

2007年の建築基準法改正前までは「冷間成形角型鋼管設計マニュアル」という書籍で規定されてた内容です。冷間成形角型鋼管マニュアルの登場は1997年です。(阪神淡路大震災での被害を踏まえて規定されました。)

平たく言えば、大地震が起きた時に梁が先行して降伏するようにしておく。

「柱の耐力>梁の耐力の1.5倍とする。」(とても大雑把な表現にしてます。)

柱梁耐力比を1.5倍確保するということは、当然柱断面が大きくなることに繋がります。

3) 粘り強くを保証

大梁継手や仕口(柱梁接合部)の接合については、接合部の破断防止という観点で保有耐力接合が前提です。

局部座屈防止の観点から、部材の幅厚比は部材ランクFA(FB)材相当を基本とします。

大梁の横座屈防止(急激に耐力低下を起こさせない)という点で保有耐力横補剛を満足させることも必要です。

柱脚については在来工法を採用した時に手間が増えていきます。地震時応力を2倍し終局耐力を超えない検討が必要です。既製品柱脚を使うことも選択肢の1つです。


繰り返しますがルート2は許容応力度計算までで終えられます。

終えられる代わりに制約が入ってくると理解して下されば良いので、規定と上手に向き合えば低層での建物に活かせますね。

1)鉄筋コンクリート造の耐震設計ルート2との共通点

鉄骨造の耐震設計ルート2は鉄筋コンクリート造と共通していることがあります。

  • 標準せん断力係数 (Co) ≧ 0.2
  • 建物高さ:H ≦ 31m
  • 剛性率:Rs ≧ 0.6
  • 偏心率:Re ≦ 0.15
  • 層間変形角:δ/h ≦ 1/200

などが同じですね。

ただ、鉄骨造の耐震設計ルート2は「1つ」だけの選択肢です。
耐震設計ルート1の時のように2つはありません。

2)粘り強くを保証

ルート2というのは、大地震時での計算は行わないけれど大地震を受けた時の建物の挙動を予測して備えておくという考え方です。

鉄骨造では

  • 局部座屈防止→部材をFA材相当
  • 接合部の破断防止→保有耐力接合
  • 横座屈防止→横補剛の確保

などを行っておくことが求められます。

3)角形鋼管柱は注意

建物の柱に冷間整形角形鋼管柱を用いて設計するときには、少し注意が必要になります。

冷間整形角形鋼管柱には建築基準法以外に「冷間整形角形鋼管設計マニュアル」と呼ばれる書籍があります。
ここに掲載されている「柱梁耐力比 ≧ 1.5」を耐震設計ルート2では保証することが求められます。

平たく言えば、2階建てですと1階の柱を大きくせざるを得ないのです。
平屋建てでは最上階が適用されないので関係ありません。

鉄骨造の耐震設計ルート2も使い方によってはメリットがあります。

平屋の店舗だと耐震設計ルート1-2とは違って、地震力を1.5倍(Co = 0.3)しなくても良いです。
各部材がサイズダウンを図れますね。

鉄骨造のルート2も構造計算適合性判定を受けなくて済む審査機関があります。
ただし、設計者が「構造設計一級建築士」を持っている場合ですけれど。
(これはRCも同じ)

私自身も業務の中で鉄骨造の設計を行った際に店舗の開店日が決まった建物で
審査時間の短縮で「ルート2」を選んだ経験があります。

このときには、私から提案しました。
依頼した設計事務所と建設会社は、このルート2を知りませんでしたのでたいそう驚かれました。
そして、建設会社から喜ばれました(開店日までに余裕ができたので)。

耐震設計ルートというのは、しっかりと読み込んで理解するとビジネスでの交渉にも役立てるものなのです。
侮れませんよ。


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